2011年08月19日

ジュネシーンよりご報告 〈その2〉

みなさま!
こんにちは∞

2日目の朝、私達3人はレンタカーを借り、気仙沼とは反対の方角、宮城県の南部の亘理郡山元町を目指しました。福島県南相馬のすぐ北の方角に位置する町です。

山元町で健康アドバイスのお仕事をされているM子さんとそのお仲間に以前から、「いつかジュネさんに来てもらって、健康や環境のセミナーを開きたいのでお願いします」と依頼を受けていました。

ところが山元町は大震災の津波で大変な被害を受けてしまったのです。

M子さんのサロンは国道6号線沿いにあり、ぎりぎりで津波の被害を免れました。そして今回皆さんのご協力でセミナーの開催が実現いたしました。

「会場はクーラーもついていなくて蒸し暑いですが、暑さは大丈夫ですか?」とM子さんが心配されていたので「大丈夫です。みなさんも暑いのですから、私は平気です。」と答えながら首にタオルを巻いて頑張ろうと思っていました。ところがこの日の2〜3日前から低温注意報が出るくらい東北地方は涼しくて長袖でもいいくらいの気候でした。

レンタカーを借りて仙台を出発し、途中から高速道路に入りました。地震で路面はデコボコしていて、車が揺れるのであまりスピードは出せません。高速道路から見る景色は、津波に遭遇した地域の景色とそうでない地域の景色が混在していてなんともいえない感じでした。名取川を通り過ぎ、しばらくして、山元インターで降りました。


M子さんのお仲間で山元町在住のKさんご夫婦のお宅にお昼ご飯を取るためにおじゃまいたしました。食卓にはKさんご夫婦のハウス栽培のナスや自家製の梅ぼしやゴーヤなどを始めみなさんが気持ちをこめて作ってくださったおかずが並んでいました。ありがたくいただき、セミナー会場へ向かいました。


セミナーには地元の高齢者の方から若者まで幅広い年齢層の方々が集まって来て熱心に耳を傾けてくれました。以前ブログの記事「潜在意識と向き合う…これからの一歩」で書いたU子さんも福島から駆けつけてくれました。


セミナーも無事に終わり夕方近くになりました。Kさんご夫婦が津波の被害にあった地域に案内しますと申し出てくれたので、車2台で向かいました。

亘理郡山元町はとてものどかな農業の町ですが、大津波で甚大な被害が出ました。当日、山元自動車学校に通っていた18〜19歳の教習生25人が学校側の避難指示の遅れで犠牲になってしまいました。

いくつもの町が消えてしまったこの地域は、瓦礫の山が点在するはてしなく広い荒野のようでした。家は土台だけしか残っていませんでした。駅はトイレ以外何もありません。線路らしき所にみんなでよじ登って海の方を見渡しましたが、海までけっこう距離があります。津波の威力を感じました。

津波は貨物列車を呑み込んだと聞きました。犠牲になった方々の冥福をお祈りいたしました。Kさん夫妻は、「震災後初めてこの地域に足を踏み入れました。辛くて来れませんでした。」と語ってくれました。

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私達は出発する前にもう一度Kさん夫妻のお宅におじゃまいたしました。セミナーに来られた方が何人か集まっていらっしゃいました。

その中にみなさんから「ケンちゃん」呼ばれている83歳の男性がいました。ケンちゃんは、苺を専門に手掛ける苺農家でした。広い苺畑がありましたが、津波で全滅してしまいました。

ケンちゃんは助かり、今は仮設住宅に住んでいらっしゃいます。ケンちゃんはお元気でとても明るくニコニコ笑顔でした。

「苺畑は残念でしたね」と言うと、これから先できるならまた苺を作りたいと熱く語ってくれました。バリバリの方言でお話しされますので言葉はわかりませんが、内容は不思議と通じるのです。

先日、ケンちゃんは岩手県で苺の栽培について講演されました。
「岩手県には、宮沢賢治という郷土を愛した偉大なケンちゃんがいました。私も同じケンちゃんです。私は宮城県のケンちゃんちゃんとして頑張って行きます」と挨拶されたそうです。

都会では味わえない和気あいあいとした雰囲気の中、おしゃべりに花を咲かせていると、あっという間に時間が経ってしまいました。今日出会った山元町のみなさんの助け合いの生活や明るい笑顔、辛くても希望を持ち続ける姿にとても感動しました。

私達はM子さん、Kさんご夫婦、U子さん、ケンちゃん達に別れを告げ、今夜の宿泊先の岩手県一関を目指して出発いたしました。


(つづく)




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posted by ジュネ at 16:11| お知らせ・ご報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする